尖閣諸島領有権問題
事件の経緯
先般、中国(中華人民共和国)の漁船が、我が国の領土である沖縄県の尖閣諸島の周辺領海を侵犯し、これに停船を勧告した海上保安庁の巡視艇に衝突を繰り返すという暴挙を働きました。同船の船長は速やかに逮捕・拘留されましたが、我が国当局は、身柄の釈放を求める中国政府の外交圧力に屈し、処分保留のまま犯人を釈放するという、独立国家としてあるまじき屈辱的な判断を下しました。
今回の事件が問題化した背景には、中国が最近になってから我が国の尖閣諸島を、自ら「釣魚島」と呼称し、領有権を主張している事実があります。つまり尖閣諸島が中国領であれば、その周辺海域も中国の領海ということになるから、同漁船の操業は合法だというのです。しかし、歴史的事実や法的正当性などのあらゆる要因を考慮しても、尖閣諸島は明らかに我が国固有の領土です。
尖閣問題の経緯
我が国が尖閣諸島を正式に領有したのは、日清戦争中の1895年にさかのぼります。当時の尖閣諸島は、いまと変わらぬ無人島であり、明治政府が十年にわたる周到な調査によってどの国にも属さない国際法上の「無主地」であることを確認した上で沖縄県に編入しました。しかし大東亜戦争で我が国が負けたことで、尖閣諸島は沖縄と付随して一旦アメリカの軍政下に置かれ、72年の沖縄返還を以て再び我が国の主権に復帰しました。
ちょうどそうした折柄、沖縄返還の前夜(69及び70年)に国連が海洋調査を実施した結果、尖閣諸島の周辺海域に豊富な天然資源が存在することが判明すると、それに符牒を合するかのように、中国と台湾がにわかに同諸島の領有権を主張し始め、両国の船舶、人員が散発的に領海侵犯や不法上陸を繰り返すようになりました。こうしてみると、中国と台湾による同島への領有権の主張に、両国の政治的な意図が色濃く反映しているように思えてなりません。
議論の争点
もっとも彼らは、古文書や国際法を引き合いに出して自分たちの主張が正当であることを何とか証明しようと躍起ですが、それらは全て自らの野心を体よく糊塗し、隠蔽するための方便に過ぎないような稚拙なものです。例えば中国は、尖閣諸島が15世紀初頭に記された中国の古文書に登場する事実を以って領有権の根拠にしていますが、たとえ彼らが同島の存在をどの国よりも先に知っていたとしても、それを実際に支配していた直接的な証拠がなければ意味がありません。何より、中国は易姓革命によって歴代の征服王朝が禅譲放伐を繰り返してきた国なのですから、もはや断絶した王朝の事績を以て、現在の領有権を主張するのは筋違いです。
もう一つ、中国の言い分によれば、日本はサンフランシスコ平和条約で、台湾と澎湖諸島に対する権利を放棄しているが、尖閣諸島はその一部なのであるから、日本の領土ではないと主張します。しかし尖閣諸島は、我が国の領土である南西諸島の一部であり、したがって当然に、日清戦争で我が国が獲得した台湾と澎湖諸島には含まれていません。またそうした見解が、決して日本側だけのものではない証拠に、中国は、サンフランシスコ講和条約に基づき尖閣諸島がアメリカの施政下に置かれたにもかかわらず、上述した国連の海底探査によって天然資源が発見されるまでの間、何らの異議を提起せず、事実を黙認したのです。
このように、尖閣諸島は、歴史的事実に照らし、国際法の道理からいってもまがうかたなく我が国の領土であり、中国に対する外交的な譲歩の余地は全くないといえます。
国家の独立を死守せよ
目下我が国は中国との間で、排他的経済水域(EEZ)の境界線をめぐる紛争など様々な懸案を抱えており、今回の外交的敗北は、そうした他の問題の進捗に関して我が国に不利な影響を与えかねないという点からも深刻です。
これまで、我が国の側では民間有志を中心に、尖閣諸島への上陸を敢行し灯台を設営するなどの運動が見られましたが、肝心の政府は中国への配慮から仮設したヘリポートを撤去するなど因循姑息な対応に終始してきました。しかし中国がアジアの覇権を狙う大国として近隣の脅威となったいま、我が国は独立国家として毅然たる態度を貫き、断固国益を死守せねばなりません。またそのために、国民は一致団結して政府を鞭撻激励せねばなりません。私たち日本人の覚悟が問われているのです。



