日本とは何か?近代日本史の一つ一つの出来事を見つめて直したいというのが私どもの思いです。
南京大虐殺の真実は何処に?
大東亜戦争は侵略戦争なのか?
日韓併合の功罪は?
先人たちの歩んだ足跡をここではできるだけ正視した視座を提起して行きます。
- 近代日本史(5)「東京裁判について」
- 近代日本史(4)「日露戦争100周年に」
- 近代日本史(3)「靖国神社問題を考える」
- 近代日本史(2)「南京大虐殺の考察」
- 近代日本史(1)「大東亜戦争までの100年」

日本とは何か?近代日本史の一つ一つの出来事を見つめて直したいというのが私どもの思いです。
南京大虐殺の真実は何処に?
大東亜戦争は侵略戦争なのか?
日韓併合の功罪は?
先人たちの歩んだ足跡をここではできるだけ正視した視座を提起して行きます。
「戦後的」なるものの価値観は、われわれ日本人にかなり意図的に「東京裁判的」な罪悪感を植え込み、60年間も続くその「呪縛」の中で、多分に日本人は「自信を喪失」して来ました。
戦前は悪の軍国主義社会で、戦後は善の平和主義社会と、あまりにも単純な思い込みを随分と長い間、強いられてきたような気がします。
学校教育においても故意に「近代史」は避けられてきたようであり、平均して日本人の近代史に関する知識が欠如しているように思えてなりません。
今でも、日本はただ侵略国家で、明治以降一貫として悪いことをして来た国だと平気で信じている若者と話をすることがありますが、その刷り込みの深さに、唖然とした思いになることがあります。
まるで中国や韓国で語られることが真実であるかのような雰囲気は、マスコミや言論人と言われている人たちによって多くつくられて来ました。
自らの祖国を卑しむ自虐的な精神を有することは実に悲しいことです。
明治、大正、昭和と続いた先人たちの苦悩と気概を、正面から受け止めて、歴史の連続性を自覚した日本人が現代をしっかりと生きていかないと、これまで歴史に殉じて行った先人たちに申し訳ないと思います。
私たちが自らを問いかけるとき、日本人である歴史と運命を共有していることに気づきます。日本人なんて…と、ひとり自分だけが無国籍の人間のように語る人が多いようですが、自らも、その日本人であることに深く関係づけられていることを無視しては、ほんとうの自分を見出しえていないとも言えるでしょう。
呉竹会・アジアフォーラムでは、幕末や戦国時代だけではなく、近代日本史に関心を持ち、かつバランスの取れた視座を育てることで、日本及び日本人としての自信を身につけることが、自己形成の基本になくてはならないと考えています。
ですから、アジアの中の日本を考え、頭山精神を顕彰することともに、地道ですが、近代日本史を正しく見直すという課題を掲げています。
決して日本及び日本人の全てを強引に首肯しようとするのではありません。
正しく学べば先人の気概と努力におのずから感謝の思いを持たない訳にはいかないと思っています。
先入観や安易な歴史観に惑わされずに、近代日本史の歩みを見つめることができる程度の知識を、せめて持ち備えたいというのが正直なところです。
呉竹会にとって、それが志操の研鑽の一課程だと考えています。ご一緒に近代日本史を真摯に学んでみようではありませんか。