アジアと日本

2006年 夏 国際政治への視座

はじめに

またまたの北朝鮮ミサイル騒ぎは前回同様常軌を逸してはいるが、お陰で国家の防衛や外交というものが常に「狂気」を胚胎していることに戦後64年間「平和ボケ」の世界に呼吸をしてきた日本人もようやく気づきはじめたようです。 かつて小泉元総理がテポドンの発射基地に不穏な動きが見られた時、記者から「北朝鮮はミサイルを打ちますかね?」と尋ねられて、すかさず「ないでしょうね」と答えていたことに、「アメリカと仲良くしていれば日本を守ってもらえる」と信じている親米主義者のリアリティのなさを感じたのだが、今回麻生内閣においても何ら変わってはいないことが明らかである様に思われます。

戦後の日本は敗戦のトラウマとアメリカの占領政策によって見事に「国家としての普通の思考」を放棄し、アメリカの核の傘にいることによって平和を確保出来えたに過ぎないのに、日本国憲法などの平和への意志によって幸運な時代を築いて来たと錯覚をし続けて来ました。

そのために日本の防衛論議ほどリアリティの欠如したものはなく、非武装中立論や経済功利性ばかりを考えた軽武装国家論以外の論議、すなわち防衛力の増強や自主防衛論などはまるで軍国主義者の妄言に過ぎないと決めつける風潮が長く続いていたのです。

戦後的思惟の二大勢力

日本には大きくわけて二つの勢力があります。 日本国憲法の「前文:諸国民の公正と信義を信頼して…」をかたくなに信仰するサヨク平和主義者の流れと、日米同盟を錦の御旗に信奉し続ける親米ホシュ主義者の流れです。 どちらにしても「自らの力」で国家を守る気概と危機管理意識がきわめて薄く、憲法とアメリカに日本の安全を委ねて事たるとする底抜けのノーテンキさに覆われて来ました。外交論においても、「アジアか日米同盟か」と単純に対立軸として論議する学者や評論家たちの「戦後的思惟の空虚さ」に、まだまだ付き合っていかなくてはならないのかと思うといささかげんなりするところです

われわれは国際政治を希望的観測で見ることはないように心がけなくてはならないと思っています。「冷厳な現実」に即して日本の「国益」を考え、「アジアの中の日本」として処する態度を定めていくことがきわめて自然な姿勢だと認識するからです。 そう考えると、護憲論者の中国志向と改憲論者の日米同盟志向のいずれにも真に日本を機軸にした外交・防衛論が存在しているとは思えなくなります。当然、われわれは中国にもアメリカにも隷属することを決して望まないからですし、堂々と両国に対等の付き合いができるような位置を確保しなければならないと願うところです。 むろん、戦後の講和条約から西側自由陣営に所属することによって経済繁栄を享受して来た路線の選択の全てを否定している訳ではなく、戦後復興の奇蹟への先人の努力には深い敬意を表することもきわめて当然のことだと思っています。

しかし一方では、60年安保以降の「高度経済性成長路線の選択」によって、日本はとりかえしのつかない大切なものを失ってきたという「喪失感」も同時にぬぐいきれないでいます。それは明らかに「衣食足りて礼節を知る」と信じて、まずは生活の繁栄に専心して来た日本が、結果的には「衣食足りて礼節を失う」国になってしまっていたという反省です。 日本及び日本人が「サムライ」を捨て、「商人国家」として世界にもみ手をしながら金儲けだけにひたすら走り続けて来たある種の「空しさ」や「醜さ」が、次世代の青少年に日本へのアィデンティティを欠如させ、価値相対主義の蔓延によってニヒリズム的傾向に拍車をかけ、驚くほどの「心の荒廃」をもたらしてしまいました。

実はそれまでの自由主義や共産主義を簡単に信仰できた世代からみれば、どうしてこうした日本人の精神的頽廃が進んだのかとただ呆然と見つめるしかなく、生活的な満足だけでは事足りない飽食の世代が心のコントロールを失っていく現象を理解が出来ないでいるのです。 そのことを、文部省や日教組の教育の愚に責任の全てを転化するだけでは解決のつかない、宗教の不在も含めて日本文明のもっと根深いところに存在する問題が噴出して来たとも言えるような気がするのです。

どうも、戦前のある時期に経験した極端な時代の思い出をトラウマとして、自立自尊の気概を喪失した来た先輩たちは、国家なるもの、軍隊、国際社会の相克などの重い現実を、できる限り自分たちも、まして次世代にはより一層見せないような戦後的環境をつくりあげて来ました。 つまり、ナショナリズムの寝た子を起こさないようにと、そればかりを気にし続けて「自失の歴史」を歩んで来たのです。 その為か、政治は外交や防衛、憲法、教育などの国家の座標軸になるようなことを正面に論ずることを、選挙の票に結びつかないからと避けるようになり、年金や郵政、景気問題といったお金の分配ばかりに関心を示す傾向が顕著になって来ました。

しかし、その戦後特有の「政治はアメリカに委ねて経済のみにうつつを抜かして来た」日本の現実は、表面的には欧米流の近代主義社会を模倣しつつも、その本質においては色濃く日本的な歴史や文化に裏打ちされた伝統的な社会の岩盤によって逆に急速な近代化の過程を支えて来たような気がしています。 ところが、21世紀の今日的現実はその岩盤そのものが急速に融解しつつあり、いよいよ138年間の和魂洋才の歴史の歪みや軋みが顕著になり、日本文明のあり方そのものが問われている、あるいは和魂漢才や和魂洋才と語れた時代のひとくくりが基本的に解体しつつある、いや、もっとわかりやすく言えば和魂の崩壊、それは洋魂なのか無魂なのかはわからないけれど、かなり深刻に日本文明の危機を招来しつつあるのではないかとの問題意識を持つに至るのです。

残念ながら、小泉内閣が取ったイラクへ支援の論理も、アメリカへのお付き合いという一点において「仕方がない」という立場から貫徹されただけで、日本それ自体の大義名分には説得力に欠いていました。 テロとの戦いやイラクの民主化というネオコンが宣揚する大義に深奥から共感する日本人がどれくらいいるのだろうかとわれわれは疑問に思わざるを得ないところであり、ただアメリカを中心とする世界の秩序の変化を恐れ、北朝鮮の脅威に対して「日本を守ってもらわはなくてはならない」ことへの担保として小泉氏の決断を無理やり納得させていたように感じられてならないのです。

戦後の日本は結局、サヨク平和主義と親米ホシュ主義の二つの流れの間を揺れ動きながら、冷戦構造の時代の幻影に呪縛されて、日本独自の「国家としての戦略」をいまだに確立し得ず、拭いがたいほど根深く「戦後的思惟なるもの」が日本人の意識構造を支配し続けて来ました。

残念ながらその戦後的思惟なるものが、日本のアイデンティティの確立にはきわめて鈍感であり、しかも近代主義の徹底の延長線上にあるということでは、あきらかにサヨク平和主義も新米ホシュ主義も同根の思想の流れの中に存在するということで、日本には真の「国粋」とでも言うべき保守の存在が皆無なのか、きわめて微小なのか、こうした日本文明の価値観にかかわる問題においても、できる限り無視もしくは先送りしながら今日までの微温的社会を維持し続けて来たと言えるのです。

その眠りを政治的に覚ましつつある出来事が北朝鮮によるミサイル外交であり、明治以降のスパンで侵略された側の被害者意識を全面に出して攻撃をしてくる現実に、いかに対応していいのか戸惑っているのが日本の対東アジア政策と言えます。 既に核の地下実験も行ったというニュースが流れて来ていますが、そうした不可解な北朝鮮の動向に対して、戦後的思惟の延長線上では対応することが出来ない現象が起こりつつあります。 それはまさに、新たな黒船の到来であり、江戸末期のペリー来航と同様にじわじわと日本を震撼させ変質させつつあるとわれわれは認識するのです。

反面教師としての北朝鮮

呉竹会・アジアフォーラムの立場としては、何処までも日本の「自立自尊」をぎりぎりまで志向しつつ、「戦後遺制を克服」した「日本の再生」を強く求めるものです。それは21世紀の「尊王開国の再構築」でもあります。

むろん、自主防衛という第三の道も単独防衛という発想そのものはリアリティに欠如した立場であることも承知していますし、日米同盟の積極的意義もまた充分に認識するところではあります。 そして、具体的な防衛論は現実の国際環境やアジア情勢によってその都度調整していかなくてはならないことは言うまでもないことです。 しかし、少なくとも北朝鮮や中国のミサイルが日本を射程距離にして厳然と存在している以上、「脅威としての認識」は不可欠であり、それをただアメリカに守ってもらわなくてはならないのだとする他力本願の姿勢だけでは、もしアメリカに見捨てられた時には日本の防衛を断念するのかという問いかけにも繋がるわけであり、あらゆる可能性を視野に入れた日本の防衛体制を常に考えていかなくてはならないのは至極当然のことだと思うのです。

ところが、そうしたことを見事に見てみぬふりをする「非現実的な願望思考」を戦後のなりわいとしてきたのが日本であり、戦後60年間の余りの長きにわたってただ無力感に陥って来たのがわれわれの常でした。 しかし、にわかにここ数年、拉致問題やテポドン騒ぎによって、戦後的思惟なるものの欺瞞が暴かれ、できる限り避けてきた「国家としての思考」を否応なくに求められる情況が現出したことによって、日本及び日本人の意識が大きく変化しつつあります。 もはや、サヨク平和主義者の「空想」は見事に陳腐化し、親米ホシュ主義者のアメリカへの「幻想」も崩壊しつつあると言わなくてはなりません。 しかも、21世紀の近い将来、世界にとって「米中関係」が最大の焦点になる時代が予測されている中、日本はいかなる戦略的思考が可能なのか自答を求められているのです。

その意味で日本にとって戦後最大の反面教師は実は金正日であり、皮肉なことに彼のお陰で日本人としての意識や危機管理への正常な感覚を少しでも取り戻しつつあることに、あらためて外発的ショックでしか目覚めることの出来ない日本人の島国的体質を自覚せざるを得ないのです。

残念ながら、昨年の「2005夏の分析」から比べて、東アジアの冷戦構造はいささかも雪解けムードにはなってはいないし、中国や韓国の執拗なまでの対日攻撃はしばしば屈辱的ですらあり、六カ国協議は北朝鮮にふりまわされっぱなしで壁にぶちあたったままです。 昨年まで見せていた中国の東アジアへの指導力行使の自信もかなり揺らいでおり、その不透明な東アジア情勢の下で、事態が切迫するたびに少しずつ国家としてぎしぎしと言いながら対応していっているのが日本外交であり、それでも国際連合への北朝鮮制裁決議で示した国家としての断固たる意志は、画期的なとも言える行動であったことは世界の各国の驚きぶりを見ても理解できます。

しかし、そうした揺れ動く東アジア情勢に右往左往しているうちに、実はアジア各国は日本の思惑など歯牙にもかけずに加速度的に変化して行っているのです。 とりわけ中国やインドはすさまじい勢いで発展し、近い将来アメリカについでGDPではるかに日本を凌駕して超大国になることが予測されていることはご承知のとおりで、「失われた15年」などと最近は言われていますが、まだまだ日本はゲンキが取り戻せないでいて、未来に対して懐疑的な意識が意外に強く国民の間に浸透しているような気が致します。 それだけに、小泉総理のこれまでのノーテンキな楽観論に実は思わず支持を与えたくなってしまうのも無理からぬことであるのかもしれないと思うときがあります。

アジアの現実と国際政治

われわれはそうしたアジアの現実や出来ごとに一喜一憂しながら日々を生きていますが、実は世界史の最も重要な場面は今でもアジアではなく「中東」にあり、東アジアの出来ごとなど基本的にはとるに足らないレベルのものに過ぎないと認識されていることを知っておく必要があります。

例えばわれわれが南アメリカやアフリカで何が起きているのかということにほとんど視野が及ばないように、ヨーロッパにとっての主要な関心はイスラエルとアラブ諸国の対立と、十字軍の時代から根深く続いてきたキリスト教とイスラム教徒の相克であり、また旧ユーゴ地域の民族対立や、アフリカの動向であったりするのです。 中国の資源外交はなりふり構わぬ形で中東やアフリカにまで及んでいますが、アジアに対しては未来においては避けることの困難な米中の対決などを軸として国際社会を語っているのです。

そうした関与の優先順位から推測すると、国連での北朝鮮への非難決議に同調したアメリカですら、実のところ北朝鮮が民主化して欲しいと真に願っているとは思えないふしがあります。

一般には二正面作戦を展開できる兵力までを持たないアメリカは、イラクに思わぬ足止めをくらい、北朝鮮にかまっていられるほどの力量を持たないと指摘されていますが、実のところ北朝鮮に介入することのアメリカにとっての国益を石油の豊富な中東に比して計算することは出来ないし、むしろ現状の緊張関係を継続することのほうが沖縄の軍事プレゼンスを維持することの大義に繋がるという利点は充分認識しているものだと思います。   まして、中国は当然北朝鮮と韓国が統一することなど望んではいませんし、日本よりも中国に早く石油のパイプラインを敷こうとしているロシアも共通した利害関係にあります。つまり東アジアにおいてはここ当分冷戦構造が続いていることのほうが日本以外の全ての国の利益にかなっていると考えていることが見てとれるのです。

再度言いますが、世界にとって中東のニュースに比べれば、六カ国協議や北朝鮮の動向など数段比重は軽く、いやおそらく日本人が思っているほど世界は東アジアの現実に注目などしていないのだと認識しておくべきでしょう。 そんな状況の中で、実際に北朝鮮の首脳部は何を考え、孤立化政策を取り続けていこうとしているのか?  軍部と金正日は果たして信頼関係にあるのか?  ロシアに亡命したとの噂まで立った金正日は今何処にいるのか?  ほんとうのところは中国やロシアとも出来レースなのではないかとさえ思えるときもあるくらいです。

ここで、確実に言えることは、暴発させてはならないと慎重になるあまり、北朝鮮の軍事外交に5カ国はふりまわされ続けているということであり、既に国際社会はインド、パキスタンの核武装を認めてしまった以上、北朝鮮だけが核への意欲を見せていることに明確な否定を与えることが難しい状況になっていると言わざるをえないのです。 これからさらに北朝鮮は核カード、ミサイルカードを生き残りのためにしたたかに使い、予測に反してしぶとくアメリカへの駆け引きを軸にして揺さぶりを続けていくことでしょう。とはいえ、その方法論は思惑通りに進んでいるのではなく、日本の拉致問題での独自の姿勢などの読みを大幅に誤り、中国でさえ北朝鮮を押さえきることのできない暴発ぶりを示しているのは、金融制裁などでかなり追い詰められた姿を露呈していることの現われと見ることが出来ます。 その流れからは核の地下実験が事実だったとすれば、日本もいよいよ経済制裁の徹底を実行すべき段階に来ているのではないでしょうか。

つまり、靖国神社問題もそうですけれど、「日本は毅然と日本の立場を内外に示すという態度が肝要」なのであって、いつまでも顔の見えない外交をしていてはならないということです。 そのことがアジア各国に日本の健在ぶりを示すことであり、もともと靖国参拝で騒いでいるのは中国と韓国だけであり、政冷経熱と称されるなかでも両国との貿易は順調に伸びて行っている現状を鑑みれば、経済功利主義から来る譲歩的姿勢は決して選択してはならない「戦後的思惟そのものの具象化」だと言えます。

各国の思惑はそれぞれに開きがあり、あるいは驚くほど自己本位の国際行動を取りがちですが、それは「平和」を第一基準とした発想ではなく、国益を機軸とした認識と行動をどの国もとっているからに他ならないからです。 その意味において、21世紀は今なお、「ナショナリズムの時代」なのであり、国際連合もまた国益の利害のぶつかり合いの場に過ぎないのです。 サヨク平和主義者はそうした現実を願望思考によって曇らせてしまい、新米ホシュ主義者はアメリカを正義の警察官と安易に信奉する思考から抜けきれないでいます。 今こそ、真に日本の国益を座標軸にして、日本の生き残りのための戦略とは何かを思考する戦後的思惟からの脱却こそか可及的速やかに求められるところなのです。

親日派日本人の意識覚醒へ

世界の中でローマ帝国の再来とまで比較されたアメリカの一人勝ちの時代はイラクでの足踏みに象徴されるように意外に脆くも挫折しつつあると見れます。 したがってイギリスや日本などの友好国との連繋を求めなくては、その政治力を発揮できないことが露呈し、中東でのイスラエル寄りの立場がアメリカの現実を明確なものにしています。 実際のところは北朝鮮の核の恐怖より以上に、中東でのイランの強行路線の延長線上にこそ再びヒロシマ、ナガサキに告ぐ愚かな選択がありうる可能性を決して否定できないのであり、そうした危機ととなりあわせの下で、国家や民族の生き残りが模索されているのです。

そこには統一した原理のようなものが存在しているのではなく、やはりケースによってそれぞれの国益の思惑がぶつかりあう今日的現実が存在するということに他ならないことは何度も指摘をして来ました。 その意味で日本は日本独自の国益の原則に従って、アメリカとも中国とも外交をしたたかに進めていかなくてはならないのです。 では、日本はアメリカの世界戦略とどのように付き合っていくのか? そして、アジア外交はいかにあるべきなのか? と問いを発したときに、あくまで沖縄の米軍基地がある以上は戦後の日米路線の選択の重さは否定しえないものであり、国際社会の日本への視点は親米国家としての位置づけにあることも言うまでもないところです。

われわれは単純にその現実を見ることができないサヨク平和主義者ではなく、また戦後日本の第五十一州的なアメリカとの関係をそのままに首肯しえる親米ホシュ主義者でもありません。 あくまで、日米関係をもっと自立的なものに再構築していく姿勢がなによりも不可欠であり、その上で日本のアジア戦略や国際戦略の必要性においてアメリカとの同盟をいかに位置づけていくべきなのかということを問題意識の立て方として確立していかなくてはならないということなのです

そう考えて来ると、日本には親中国派と親米派がたくさんいても、真の意味で親日派が不在なのではないかと思えてきます。 日本のホシュ党の元幹事長が南京大虐殺記念館を見学して「中国の暖かさを感じる」などと追従する言葉を発していることを聞くのと、アメリカのプレスリーの生家でセンスのない踊りを披瀝する総理の姿を映像で見るのとは表裏一体であり、とうてい世界から尊敬される風格ある国に再生していくなどとは思えなくなります。 それでも、われわれはこうした21世紀の現実に生命活動を行っている以上、ただ絶望するだけでは何も未来を拓くこともできませんし、第一次、第二次世界大戦を経てきた20世紀の戦争の時代から比べれば「たいしたことはないんだよ」と言い切れる程度の今日的現実だということです。

欧州に国民国家が形成されたのは18~19世紀にかけてですが、その歴史の上にヨーロッパ共同体が生まれ育ちつつあることは画期的なことではあります。 しかし、それもアメリカ合衆国の独走への牽制という観点があっての結束であり、同じキリスト教文化圏という宗教的背景もまた大きな役割を果たしていると言えます。 それに比べてアジアにそうした国民国家が成立するようになって実は60年前後しか歴史がないということを考えれば、まだまだ100年くらいは狭い意味でのナショナリズムの嵐が吹き荒れる時代を避け得ないということであり、中国や韓国に見る狭小な対日攻撃などはそうした段階の現象に過ぎないと見てとる必要があるのでしょう。 それゆえにアジアでの共同体の模索は多様な宗教や価値観の連合体である以上、ヨーロッパ共同体のような「ヨーロッパ合衆国」的なまとまり方はほとんど困難であると容易に想像しえるわけで、それぞれの国の国民国家としての成熟を暫く待たなくてはいかなる超国家的試みも形骸化を余儀なくされることはいうまでもありません。

靖国参拝を捨ててさえも中国や韓国との経済的関係を維持強化しなくてはならないと考える人たちは、かつての「満州が日本の生命線だ」と考えた拘りと良く似ていて、大陸への急激な関与は歴史的に成功した事例もないということを教訓としてもっと生かさなくてはならないと思うところです。 海洋国家日本としては「政冷経熱」おおいに結構と堂々と主張することも必要であり、そうした国民の声を代弁するマスコミがほとんどないことが残念でなりません。 アジア外交の転換がマスコミによって合唱されていますが、次期安倍政権はそうした無責任なマスコミの声に惑わされずに堂々と靖国神社を参拝し、中国、韓国に対して日本の立場を毅然と主張してほしいと願います。

遅ればせながら、われわれは日本人として真の自存自衛を志向する親日派日本人の意識覚醒を強く促し、21世紀の外交、防衛、教育、憲法への新たな座標軸を確立ししていかなくてはならないことを痛感するのです。