呉竹会・アジアフォーラム

第34回 呉竹会・アジアフォーラム開催報告

中国をどうみるか

平成24年2月14日衆議院憲政記念会館にて「第34回 呉竹会・アジアフォーラム」が開催された。今年は習近平体制に移行する年でもあり、軍事的にも経済的にもその存在感を日々増している中国。今回のフォーラムではアジア経済研究の権威であり、また第27回正論大賞を受賞され政治や安全保障など幅広い分野でオピニオンリーダーとしてご活躍されている渡辺利夫拓殖大学総長・学長による「中国をどうみるか」の演題の下、中国の国家論、そして近年の動静について講演が行われた。

渡辺利夫

渡辺利夫拓殖大学総長・学長

渡辺先生は初めに現代の極東アジアは幕末~日清、日露戦争の時代へ先祖返りしている様相を呈しており、この危機を乗り切るのに今の暗澹たる政治では心許ないと認識を示された。日米中正三角形論というものがあるが、日米同盟で結ばれた日本と米国はいわば運命共同体のようなものであって、日本、米国、そして中国が等しい距離で付き合うとは考えられない。一般的に保守といわれる自民党の有力議員でさえ、このような認識を持っている政治家がいることは懸念であるとされた。

現在のところ中国市場は勢いがあり、この勢いに乗って軍事拡大を進め、東アジアの軍事的覇権を中国が狙っていることは明白で、すでに南シナ海は中国の影響下に置かれたと見る軍事評論家は多い。次なる目標は東シナ海である。南シナ海、東シナ海の両方を押さえられると地域覇権が形成され、台湾の運命も決まる。

中国共産党は大清帝国の後裔といえる。大清帝国は中国史上最大の版図を誇った。清を樹立したのは北方騎馬民族の満族である。梅棹忠夫の言葉に「日本の歴史は自成的であり、中国の歴史は他成的である」という文言があるが、日本は中国に比べれば同一の国土の中で、ほとんど同一の民族が国を発展させてきたといえる。ゆえに日本の歴史を学んだ考え方で中国の歴史を推し量れない点に注意する必要がある、とされた。

渡辺利夫

フォーラムの様子

私達が国家を想像する場合は通常、主権国家を想像するが、中国の王朝には主権国家の概念は無く、「華夷秩序」と「冊封体制」この2つで歴史を生きてきたのが中国である。しかし、19世紀以降、中国は屈辱の近代史と称するように虫食いの様に半植民地化された。清仏戦争、日清戦争の敗北から中国を中国たらしめた2つの概念が崩れたのを目の当たりにした中国指導層は「西洋主権国家概念」の取り込みを決意する。日本では明治維新を通して比較的成功したといえるが、中国では様々な問題が起きた。中国では漢族、満族、ウイグル族、モンゴル族、チベット族など様々な民族がおり、国民の凝集力が小さかったのである。それは後に振興中華、五族共和のスローガンに繋がっていく。大清帝国は文治的かつ、他民族融和政策を採っていたが、西洋主権国家概念を受け継いだ中国共産党がウイグル、チベットの独立を許すはずが無く、同化させなければならない宿命を背負っている。このことから国家を統治するエネルギーである「帝国維持の費用」が中国の場合は大きく、日本の場合は小さいと考えられる。

帝国とは圧倒的な経済力と軍事力、そして普遍的なイデオロギーを持ち、多様な民族と多様な宗教を抱えたものである。そしてこれらは必然的に外への膨張力を持つ。帝国主義に華夷秩序を加えたものが中国であるから、中国は自己を中心として外に膨張したものを内に引き込もうとする。これが中国の確信的利益である。南シナ海の米中の確執から伺えるように確信的利益に対して中国が妥協することは無い。

1992年2月に中国では領海法が制定された。私達の国際法感と中国の国際法感は異なり、国内法でも国際法のように振舞うのが中国なのである。この領海法は制定された頃はまだ国力が無かったが、現在では堂々と主張するようになった。中国が天安門事件で国際的に孤立したときに鄧小平が打ち出した方針が韜光養晦である。これは外国に悟られずに着実に力を蓄え然るべき時に備えよという中国版の臥薪嘗胆である。それから20余年経ち、そろそろ外に力を見せてもよいと判断したのがこの1、2年である。尖閣諸島問題においても、日本が怒るのは分かっていても、結局日本は何も出来ないだろうと考えているのである。結果的に韜光養晦戦略は成功した。日本にも見抜けなかったという瑕疵はある。島や領海を侵害する中国を見て何も出来ない日本に東アジア諸国は不信感が募る。東アジアで中国に対抗できるのは日米同盟を持つ日本だけである。日本は東アジアの公共財といえるのではないか。

フォーラムの様子2

海洋権益の拡大を図る中国に対し、新聞各社は理不尽という表現を多く使った。このような表現は敗北宣言である。中国には中国の利がある。そんな相手に理不尽と言っても何の意味も無い。勃興期の中国がこのような方策をすると考えない方がおかしい。中国は巨大な王朝史を持つ。膨張政策をするのは当然である。これを理不尽としていては、日本は競争さえも出来ない。拡大膨張の内的側面を持つことは大国では当たり前であり、中国は遅れてやってきた帝国主義国家なのである。帝国主義時代には弱者に安住の地は無かった。そしてドイツ、日本、アメリカもかつて帝国主義国家であった。過去を見据えるべきで、中国は自分自身の古い自画像のようなものである。

帝国主義においてはドイツに対してイギリス、日本に対してアメリカのように反膨張ベクトルが発生する。平和を望むあまり、宥和政策を採って失敗したのがミュンヘン会談であった。日本の尖閣諸島問題への対応はこのミュンヘン会談の失敗と重なって見える。領土侵犯に対し、然るべき手続きを取ることが出来ない、その日暮らしの外交を繰り返すだけの政府を擁しているという自己認識がまず無ければ、専守防衛も憲法改正もどうにも出来ない。

日本が中国、アメリカを変えることは出来ない。相手を理不尽と言って国内で非難しても何の意味もない。日本が変えることが出来るのは日本だけであり、日本人の手で日本を正すしかない、と結ばれた。

イリハム・マハムティ氏

イリハム・マハムティ

その後、日本ウイグル協会のイリハム・マハムティ氏から、ウイグルでの現状が話された。民族認識を失くすために言語を禁止され、学校でウイグル語を話せなくなった現状、日本が中国の愛国教育を批判しなかったために中国は領海法を作り、若者に共有させた。20年後が恐ろしいと見解を示され、そして世界ウイグル会議の第4回総会を日本で行うこと、この会議を歴史的な意味を持つものとしたいと決意が語られた。

藤井厳喜代表幹事は中華帝国主義に対抗するのは日本の歴史的正義である、とまとめられた。

頭山興助会長は結びの言葉にて、日本の中で日本を改革していく、という言葉に共感し、日本は戦争の反省の機会すら与えられなかった戦後だった。自虐的になる必要は無いが、日本が強い国になるには、本当に強い国とは、自分のことは自分でして、他国のお世話が出来るような国である。度胸を持って、日本を世界に冠たる国に、強くなろう!と結ばれた。

渡辺先生の言われた、中国は遅れてきた帝国主義国家であり、帝国主義はその性質において外への膨張力を持つ。そんな相手に理不尽と言っても始まらず、まずは何の長期的視点、大局的視野も持たない政府を擁しているという具体的な自己認識が必要である、という言葉に深く納得し、日本人は覚悟を持って、日本をより正しく変えていかなければならないと強く決意した。

そして頭山会長の、強くなろう!という言葉に勇気付けられ、中国の現状から本質的な国家論まで深く考察することの出来た、非常に有意義な講演となった。