平成23年11月4日衆議院憲政記念館にて呉竹会「第33回 呉竹会・アジアフォーラム開催報告」が開催された。日本に大きな爪痕を残している、福島県の原発問題。今回のフォーラムでは保守論壇を代表する批評家、西部邁氏による脱原発の是非をテーマに行われ、日本人の本質論まで及ぶスケールの大きい講演が展開された。
第33回 呉竹会・アジアフォーラム 西部邁氏

平成23年11月4日衆議院憲政記念館にて呉竹会「第33回 呉竹会・アジアフォーラム開催報告」が開催された。日本に大きな爪痕を残している、福島県の原発問題。今回のフォーラムでは保守論壇を代表する批評家、西部邁氏による脱原発の是非をテーマに行われ、日本人の本質論まで及ぶスケールの大きい講演が展開された。
第33回 呉竹会・アジアフォーラム 西部邁氏
西部氏はまず、人間の想定を超えた事は起こり得ると喝破。そして安全な技術などはそもそも存在しないのにもかかわらず、完全に安全な技術を要求する日本人にも問題はあるとし、技術信仰に傾倒しがちな現代人への警鐘を鳴らした。
西部邁氏
人間が管理出来ない不条理や矛盾、これらには人間の経験・想像で対処するしか術は無く、国家の歴史こそが対処の知恵を呼び起こす土台となるものであるとし、無数の危機の連続ともいえる歴史の中で、困難を乗り越えてきた知恵こそが伝統である、とされた。伝統とは危機を乗り越えるための知恵の貯蔵庫の機能を持つ。そして伝統は個人により醸成されるものではない。故に危機、クライシスには個人では対応できない。そこで家族や地域繋がり等の組織の重要性が浮き彫りとなるのである、と論理を展開され、昨今のIT技術の発達により生じた個人で何でも出来ると考える人間の増加は、やがて規制を緩和せよという声となり、世相を構造改革を受け入れるまでに変化させた。構造改革とはナショナル・オーガニゼーションをトータルに破壊していく行為であり、これらが日本の危機対処における脆弱さの原因の根底にあるのではないか、と分析された。
この現状を打破するためには日本は無論、他国においても国民諸組織を建て直す以外の方法論は無く、この点に他国はすでに気付いているが、日本は未だに問題の認識すら出来ていない状態なのではないか、との認識を示された。
西部邁氏
人間は何に付けても理屈を付けて論理を構築したがる習性があり、その本性において厄介至極なものである。これを認めるのが大人というものだが、戦後の大衆的日本人はどうしても善人の素振りを見せる傾向があるとし、大衆は人材を次々と殺していく。そして人材がいないと嘆いてみせる。この悪癖をどうにかしない限り、リーダーは現れないのでは?と提言された。そしてギリシャ神話のパンドラの寓話を引き合いとして、原発問題にあわてて蓋を閉めることは、最後の希望まで閉め出すかもしれない・・・と語られた。
最後に原発問題は物事を真正面から受け止める度胸のある人間がいかに少ないかを示したとされ、情けない!と一喝。
頭山興助会長は結びの言葉にて、戦後体制によって矜持を無くした日本人は外国の敵を忘れ、国内に敵を作り出しているとし、今こそ尊皇攘夷の価値観に立ち戻らねば国家、民族はやがて滅びる。と結ばれた。
頭山興助会長
西部氏の言われた、人間の人生は家族や人との繋がりを持ってこそ充足し、個人主義的価値観では人生の意味が薄れる。戦後日本人は相互扶助の精神を忘れてしまった。という言葉に共感し、戦後における日本的価値観の消失、そしてひたすらに西洋近代合理性に国民の価値観を塗り替えられたことが、現在生じている様々な問題の奥底にあるのではないか、と考える私にとって西部氏の講演には非常に共感した。
そして頭山会長の、今こそ危機を乗り越えるため尊皇攘夷の価値観が必要である。という結びの言葉に深く納得し、これからの世界情勢において毅然とした日本人となるための本質的な部分にも深く考えることが出来た、非常に有意義な講演となった。
石黒 崇之