
第31回 呉竹会・アジアフォーラム開催報告
震災を見据え国家再建への道を問う
「第31回 呉竹会・アジアフォーラム」
平成23年4月6日、日本プレスセンターで呉竹会「第31回 呉竹会・アジアフォーラム」が開催された。東日本大震災の発生からまだ一か月を経ていないこの時期に開かれたフォーラムでテーマに掲げたのが「震災復興・国家再建への道筋」。フォーラムの講演では「たちあがれ日本」平沼赳夫代表が現政権の震災と原発事故対応を検証したうえ、今後の政治の方向を分析。震災直後被災地に入り支援活動を行った呉竹会会員らによる報告も行われた。被災地の現実と復旧に向けての課題の検討を通して国家再建への道筋を文字通り展望する講演に、来場者は熱心に耳を傾けていた。
「震災復興・国家再建への道筋」をテーマに開催
今回の「アジア・フォーラム」は震災発生を受け当初の予定を変更し「震災復興・国家再建への道筋」をテーマに掲げて開催された。震災発生後、一か月を経ていないこの時期、多くの催しが中止され自粛が相次ぎ、余震も続いていたにもかかわらずフォーラムには多くの来場者が訪れ、平沼氏の講演と被災地のレポートに真剣に耳を傾けた。
現政権の無策批判し挙国内閣を、平沼氏
たちあがれ日本 平沼赳夫代表
震災犠牲者への黙とうで始まったフォーラムでは平沼赳夫氏がまず登壇。本題に入る前に昨年12月、民主党から平沼氏に入閣の打診があったことに触れ、その具体的な経緯を明らかにしたが、これにより与謝野馨氏と民主党との綿密な連絡のもとに「連立」工作が行われたことがあらためて浮き彫りにされた。
続いて平沼氏は現政権の震災対応を厳しく批判した。そのうえで平沼氏は阪神大震災に際し、当時の村山首相が石原信雄官房副長官を軸に専門知識や能力に優れた行政機構を活用できたことを挙げ、いわゆる「政治主導」が空回りしている現政権の無策ぶりと対比した。そして現在の危急に立ち向かう方途として、現政権の退陣とそれに続く挙国一致の救国内閣という方向を提起。終戦直後の昭和天皇の御製「ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松ぞををしき人もかくあれ」を紹介して平沼氏は講演をしめくくった。
震災の性格と復興に求められる新たな枠組み
フォーラムでは続いて、震災発生直後から被災地に入り支援物資を届けるなどの活動を行ったたちあがれ日本豊島第一支部長の廣瀬貞義、拓殖大学大学院地方政治行政研究科教授の眞鍋貞樹、液状化現象での被害が発生した浦安市議の柳きいちろうの三氏が被災地の状況と今後の展望などを報告した。
左から眞鍋貞樹、廣瀬貞義、柳毅一郎
報告で真鍋氏は今回の震災の性格を分析した。眞鍋氏は今回の震災をまず過疎地型と位置付け、限界集落も含む過疎地を中心に被害が広がったことに注目。復興にあたっては過疎地としての様々な問題を抱えていた被災地をもとの状態に戻すかどうかについての検討から始めることが必要とした。加えて真鍋氏は震災の被害は津波があったところに集中しそうでないところとの差が歴然としていることも挙げ、ここでも単にもとの状態に戻す復興の是非を問うた。さらに眞鍋氏は震災によりこれまでの価値観やパラダイムの転換があらゆる面で求められていることも提起。その例として原発事故によって多くの問題が露呈したエネルギー政策の全面的見直しなどを挙げ、震災が発端となっての政界再編などの可能性にも触れた。
そして眞鍋氏は復旧を進めるには、従来の枠組みは通用せず「絶対安心・絶対安全」もないと指摘。今までと同じものを作ることはもはや不可能で新しい仕組みが求められ、それにこたえられる真の政治的リーダーシップの必要性を訴えた。
被災の現場から国家再建へ
廣瀬氏は震災直後に計3回、被災地に支援物資を届けた。廣瀬氏はその動機としてどのような立場であれ日本人を守るのは共通の責任としたうえで、被災地では発生直後には行政による被災者支援が麻痺したことを指摘。行政による「公助」に加え、被災者自身による「自助」と有志による「共助」の二つの重要性を説いた。
柳氏は液状化現象による被害の多発した浦安市を「首都圏に一番近い被災地」とし、市・県・国などの連携が必ずしも十分ではなかったことを取り上げた。そして将来懸念されている首都圏での震災を念頭に、地方中心の今回の震災とは異なる都市型震災の対策の重要性を訴えた。
震災直後に催された今回のフォーラムでは、非常時に機能不全に陥った既存の政治・行政の欠陥があらためて浮かびあがった。そしてフォーラムのテーマの示すとおり、それを乗り越え国家再建への新たな道筋を描く必要性が各氏から提起された。